カテゴリー別アーカイブ: II-01-言葉

「真 智」

日々の生活、内奥に不安、怯えを抱えて いる人達程、高邁な理屈、理論で自分を 守るようになるのです。 自分は知っているから安心したつもりに なっていますが、真理は時間の枠組み、 外側にしかないにも関わらずです。 時間の外に … 続きを読む

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「真福が訪れる」

思考は絶えず一体化を希求していますが 、違うものが交わることは永遠にないの です。 最初からひとつのものを違うものと分け ている自我の陥穽に陥っているのです。 自我は絶えず動き回り、意識を過去、未 来と往き来し、 決して … 続きを読む

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「純真無垢」

氣幸において大切なことは精神が純真無 垢であることです。 何かになろうとすることでもなく、 何かを成すことでもなく、 何かを手に入れることでもなく、 思考のノイズが無くなり心がフルオープ ンになった状態なのです。 その時 … 続きを読む

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「ないがまま」

希望と絶望は両極でもあります。 その両極を含んで超えた世界、静寂があ るのです。 ビクビク、オドオドするのでもなく、 ハラハラ、ドキドキするのでもなく、 刺激、興奮を呼び起こす動因でない精神 が自由である時、 「ないがま … 続きを読む

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「天真に出逢う」

人はただひとりであると言うことです。 夢、理想、神を求めること自体が分離した意識なのです。 世俗の中にいながら如何なる思想、哲学、宗教にも染まらない、衣装をまとっていないことが天真に出逢うのです。 メルマガ * *しんち … 続きを読む

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「永遠の祈り」

氣幸とはただただ見ることと行うことが一致した全的無行為です。 時間の中で生きるのではなく、見るもの見られるものがなくなる永遠の祈りでもあるのです。 祈りとは意乗りであり、働きと一体なのです。 それ故に日々の生活、起きるこ … 続きを読む

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「光 福」

意思から生じた願望は好き嫌いを伴いま す。 生命の本質から生じた行為は好悪の対立 が生じない愛の行動なのです。 そこに意味はなく、ただ見ることと 行為が一つとなった全的無行為なのです。 前者は争いを生み、後者は調和と為る … 続きを読む

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「広大無辺」

限りない静寂とは思考から作り出すこと は出来ない。 思考をどれだけ広げても限界があり、 有限から無限に行き着くことはあり得な い。 精神が中心を持たない無量の沈黙がある 時、広大無辺な美が現れる。 メルマガ * *しんち … 続きを読む

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「素に直通する」

人類の悲しみを終わらせるためには素直 に目の前の事実を見ることです。 そこには一切の伝統、権威、教えを介在 させない、自由でなければならない。 真理は過去にあるわけでもなく、まして は自己実現と称して未来にあるものでも … 続きを読む

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「離れる」

文明が幾ら豊かになり生活が便利になっ ても人間の精神は太古から寸分も進化し ていないのではないだろうか? メディアからは多量の情報が流されて来 るが、より人間の迷いを助長させていな いだろうか? 迷いから離れるためには、 … 続きを読む

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